今年も6月13日がやってきた。
あれから21回目の記念日。近鉄とオリックスの球団統合に端を発し、プロ野球史上初のストライキに発展した大騒動が表面化した日である。
2004年6月13日。
私は大リーグ担当でアメリカにいたので、現地は6月12日で、担当していた松井秀喜選手の30歳の誕生日だった。
デーゲームでヤンキースが勝った後、ヤンキースの球団職員が松井にケーキを贈り、その姿を報道陣がそろって撮影していた。写真を撮ろうとしたところ、名前が「HADEKI」になっていることに気付き、「直してくる」と慌てる球団職員に対し、松井は笑いながら「“ハデキ”のままでいいよ」と声をかけるなど、和気あいあいとした雰囲気が漂っていた。
そのとき、記者の1人が慌てて走ってきた。東京の会社へ電話を掛けに行った記者だった。
「日本は今、大変なことになっているらしいぞ」
日本は夜が明けて朝刊が売り出される時間で、この日の日本経済新聞に「近鉄球団、オリックスに譲渡交渉」というスクープ記事が掲載されていた。
かつてのような「阪急がオリックスへ」「南海がダイエーへ」といったオーナー企業の変更とは違い、既存する2球団の経営統合である。
「合併したら11球団?」
「奇数で日程組めるのか?」
「じゃあ、1リーグだ」
誕生日のムードも吹き飛び、皆で話し合った。
思えば伏線はあった。
2年前の2002年11月25日、近鉄が大手消費者金融のロゴをヘルメットとユニホームにつけるスポンサー契約を発表すると、巨人渡辺恒雄オーナーが「ビジネスの自由はある。仕方がないが、そういう球団は滅びる」などと批判した。
渡辺オーナーは翌年7月に行われたオーナー会議の後に「プロ野球が品位を保とうとする中でユニホームに消費者金融の広告はおかしい。巨人が優勝した暁には、近鉄が出てきても日本シリーズは断る」と、強い口調で非難している。
そして2004年1月31日、朝日新聞のスクープにより、近鉄が球団の命名権を売却する計画を持っていることが明らかになった。年額35億円を基本に、優勝でプラス10億円、最下位でマイナス10億円という案だった。
近鉄がなりふり構わず、年間40億円といわれた赤字の補填に動いていた。しかし、これも渡辺オーナーはじめ球界の反対によって白紙撤回になった。どうにもできないところまで追い込まれ、球団統合という策に出たのだった。

プロ野球への熱い思い
ここからは大混乱である。各球団のオーナー陣は10球団1リーグを目指し、労組日本プロ野球選手会(古田敦也会長)が12球団の維持を訴え、球界初のストライキも決行した。
私はアメリカで大リーグ、ギリシャでアテネ五輪など海外を中心に動きながらも、日本の動きが気になって仕方がなかった。上司に掛け合い、オーナー会議のタイミングなどで日本に戻らせてもらい、球界再編の動きを取材した。
プロ野球の危機に、「何かしなければいけない」という思いに突き動かされていた。
考えてみれば、私ごときの記者が動いたところで何が変わるわけでもない。だが、何かせずにはいられなかった。自分の書いた記事によってプロ野球が救えるのではないか。そんな思いを持っていた。
あの頃、現場で取材していた記者たちは、多かれ少なかれ同じ気持ちでいたと思う。
いつも議論していた。「プロ野球は、野球界はこうあるべきだ」。経営者、選手、球団職員、記者、ファン…立場は違っても、プロ野球を大切に思う気持ちに変わりはなかった。本気で、真剣にプロ野球界の未来を考えていた。
あれから21年である。
振り返れば、改革された点は多い。交流戦、クライマックスシリーズの導入、ドラフトやFA、ポスティングシステムの制度改革もあり、小学生が出場するジュニアトーナメントもすっかり定着した。
各球団はファンサービス、地域貢献に積極的に取り組み、かつてのような巨人戦の放映権料に頼る球団経営は一変した。
もちろん検討課題も多いのだが、着実に前進している。
あの年…2004年があったからこそと言っていいだろう。そして、あの年の騒動を忘れてはならないと、私は思っている。プロ野球が生まれ変わった大切な1年を、いつまでも語り継いでいく必要がある。
だから毎年、6月13日がくると話題に挙げる。プロ野球がある日常を幸せだと感じながら。
◆飯島智則(いいじま・とものり)1969年(昭44)8月6日、横浜市出身。93年日刊スポーツに入社し、東北地区のスポーツ全般を取材した後、東京本社野球部で98年ベイスターズの優勝、長嶋茂雄監督時代の巨人を担当し00年ONシリーズなどを取材。03年からは渡米してヤンキース松井秀喜選手に密着。05年からはNPB担当で球界問題を担当した。野球デスク、広告事業部、特別編集委員などを歴任し、24年限りで退社。現在は大学教員とスポーツライターの二刀流で活動している。
(表紙写真は2024年12月17日に都内で行われた選手会球界再編シンポジウムの様子Ⓒ飯島智則)
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