先日、東京都内でビジネスカンファレンス「Cloudsign Re:Change Japan 2024 Spring」が開催された。
カンファレンス内では、昨年まで巨人の監督を務めた原辰徳さん(球団オーナー付特別顧問)が登壇。「常勝軍団を作り上げた組織マネジメントとリーダーシップ」をテーマに、ビジネスマンに向けた特別セッションが行われた。
前半では監督就任秘話やコーチ時代の中間管理職ならではの苦労を明かした。後半では、球界そして世界を代表する選手たちとのエピソードを通じ、ビジネスマンに通ずるリーダーとしての考えや振る舞いなどが次々に披露された。
(写真 / 文:白石怜平)
17年間貫き通した「実力至上主義」
後半から選手起用における話へ。原さんが監督を務めた17年間、貫き続けた指針が”実力至上主義”だった。
ルーキーであろうがベテランであろうが横一線、力のある者を試合に起用する。それがチームの公平性や選手のモチベーションを上げるものと信じ、実践してきた。その上で、一つの考え方を付け加えた。
「五分五分であれば最初は若い選手を使うと選手には言いました。ただ、17年監督をやっていた中で、経験のある選手を使う時もあります。それはチーム構成などを見て決めていました。(起用を)決める際はそれぞれ考え方を持たれていいのかなと思います」
ここでMCの中嶋絵美さんが五分であれば若手を使う理由を問うと、「可能性がありますね」と即答した。
「それが×2、×3、×4というパワーになる時があります。新しい人材が出る時というのは、ベテラン・中堅そして若い力が交わった時がとても強いチームになるなと感じています」
原さんはファームから上がってきた選手を即起用したり、坂本勇人選手や岡本和真選手に代表されるように、優勝争いがかかった試合でのチャンス、そしてスターティングメンバーで高卒ルーキーを抜擢するなど、ファンをワクワクさせる選手起用を行っていた。
では、選手のどんな面を見て起用に値すると考えてグラウンドに送り出していたのか。
「野球は失敗のスポーツです。特に打者は10回のうち3回成功すれば素晴らしいとされる。そうであればどういう立ち振る舞い、失敗を糧にできるのか。いかに前向きかというのが重要になります」
ここで原さんは今や巨人の歴史に欠かせない選手となった愛弟子とのエピソードを披露した。
「坂本はですね、2年目(08年)の時からジャイアンツを背負って立つ人間になるだろうということでスタメンで起用し始めました。シーズン中、勇人が疲れもあって本来のパフォーマンスを発揮できない時期もありました。その時は『よし、勇人をスタメンから外そう』と思って帰宅するわけですよ」
次の日の東京ドームで声をかけ、練習相手として見た坂本選手の姿をこう語った。
「その時は目がギラギラしているわけですよ。とその姿勢を見て私も『よし!今日もう一回使おう』と思わせる選手というのは伸びていくし、監督としてもまたチャンスを与えようという気持ちになります」
特にスポーツにおいては失敗を糧にするか、それとも下を向いてしまうかで大きな差が出てくると述べた原さん。17年間で数多くの選手と接してきた立場として、大成した選手の持つ資質を明かした。
「素直さ・謙虚さ・朗らかさ。この3点は人を伸ばすことができます。どんな人とも正面から話ができる。僕自身も入ってきた若い選手を見てこの3つを持っている選手は鍛え甲斐があると思って接してきましたね」
イチローさんと交わしたお互いの”独り言”
そして最後はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での監督時の話題に。09年に侍ジャパンの監督を務め、2大会連続の世界一へと導いた。
錚々たるメンバーの中でも中心選手の一人だったのがイチローさん(現:マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)。実は、08年秋に代表監督に就任後、偶然イチロー選手と食事する機会があったと言い、そこで打診した裏話があった。
「イチロー君は一番最初にグラウンドに来て、試合が終わって一番最後にグラウンドを後にする。それだけの高い意識と、リーダーシップもあった選手でした」
この時点で8年連続200安打を放つなど、メジャーでも確固たる地位を築き上げていたイチローさん。原さんは大会前の強化試合で打順を3番で起用していた。
しかし本来の調子を発揮できずにいたことから、打順に原因があると考えていた。そこで、2人で会話する機会を設けた。ここで原さんらしい明るく、ユーモアさを交えてイチローさんの本音を引き出した。
「イチロー、俺は独り言を言う。君も独り言で返してくれと。その独り言はですね、『イチローは3番バッターより1番バッターの好きなのかな』って言ったんですね」
イチローさんはそれを聞いて「いやいや監督、それは」と原さんに返すと即座に「いや、俺は独り言を言ってるからそれに独り言で返してくれればいいんだよ」と答えたという。
するとイチローさんも”独り言”で「はい」と答え、原さんも「よしわかった!また明日から頑張ろう」と話を終えた。
その後、最後の強化試合からリードオフマンを担うことになった。
「選手は強いようで弱い。でも弱いようで強い」
また、投手においてのエピソードもあった。昨年の第5回大会での世界一メンバーでもあったダルビッシュ有投手(サンディエゴ・パドレス)。
2次ラウンドまで松坂大輔さん(当時ボストン・レッドソックス)、岩隈久志さん(当時楽天)と並ぶ先発3本柱の一角だったが、決勝ラウンドからクローザーを務めた。
原さんがダルビッシュ投手に直接伝えた際、その場では答えを出さなかったという。次の日に再び問うと「やります」と返ってきた。
「『僕も経験がないので不安です』と言っていたので、『わかった。俺と一緒に戦おう』と言って納得をしてくれて、最後投げてくれました」
ドジャー・スタジアムで行われた決勝の韓国戦。延長戦となった10回表2死二、三塁のチャンスで1番のイチローさんが中前に決勝2点タイムリー。その裏をダルビッシュ投手が締め、世界一連覇を決めた。
野球界に未来永劫語り継がれる伝説の裏には、原さんの選手へのリスペクトそして心を動かした言葉の数々があった。
「選手は強いようで弱いんですね。でも弱いようで強いんです。ここを上手く僕たちが掴みながら、接するのはとても重要なことです。強い人は弱い。だから努力する。だから戦うんです。部下を持つ人はそう考えておくと柔軟性も出て会話も弾むんじゃないかなと思います」
17年間活き続けた父からの教訓
講演は原さん自身も驚くほど瞬く間に時間が来た。最後に一つ父・貢さんからいただいたことを紹介してくれた。
「監督17年やらせてもらいましたけども、いつでもフレッシュな気持ちで野球に取り組むことができました。うちの父親は野球人でもありながら恩師でもあります」
貢さんは福岡県立三池工業高校を甲子園出場に導き、東海大相模高校そして東海大学では親子ながら”監督と選手”との関係でもあり、指揮官としての姿を誰よりも近くで見ていた。
原さんが巨人の監督になった時、父から受けたある教えがあったという。
「監督になったら選手以上に悩み事は増えるんだと。一つ言っておくんだが、
『床に着いたら考え事はするな。いいか、寝るんだぞ。どうしても考えたければ部屋に電気を灯して椅子に座りながら考えなさい』と。
そうしたら、大したことを考えていないことに気づくわけですよね。要するにネガティブなことしか考えないんです」
17年間最後まで活きていたこの教え。「皆さんの参考になれば」ということで自ら切り出し、講聴している方々に共有した。そして最後にメッセージを贈った。
「皆さんの心に何か残ることがありましたら幸いです。私もまだ65歳、人生は多動的です。しっかりとした準備、ビジョンがあれば動けます。私も希望を持ちながら1日を歩んでいきたいです」
プロ野球という厳しい勝負の世界で35年もの間、選手そして監督として結果を出し続けた原さん。その金言の数々は、多くのビジネスマンの心を奮い立たせた。
(おわり)
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