11勝を挙げ新人特別賞を受賞、あの”怪物”の印象も
一度勝利を掴んでからは、状態が一気に上向いた。ローテーションの座を守り、着々と勝利を重ねた。終わってみれば1年目ながら26試合に登板し、11勝8敗・防御率2.85と堂々たる成績をマークした。
新人で、かつ開幕から1ヶ月勝てない状況から這い上がり、周囲の期待に応える活躍を見せた。その要因について話した。
「一番は投げ続けることでプロのバッターに慣れていったことだと思います。勝てない時期は自分でも悩んだりしましたが、初勝利を挙げてからモヤモヤしたものが吹っ切れてた感じでした」

1年目の成績としては文句なしの新人王…のはずだったがそうではなかった。そのはず、この99年はあの”怪物”のルーキーイヤーでもあったからだ。
「松坂(大輔)がいましたから(笑)。投げ合うこともありましたけれども、本当にすごい球を投げていましたから。”負けないぞ”というよりかは、もう”恐ろしいな”という感じですね。
高卒1年目であれだけ投げられるというのが。僕も甲子園での活躍は見ていましたし、どんな感じなのかなと思っていたらイメージ以上の球を投げていたので、まさしく怪物でした」
新人王は松坂さんだったが川越さんの成績も評価され、パ・リーグ特別表彰で優秀新人賞を受賞した。
「表彰いただいたのはすごくありがたかったです。自分でもいただけると思っていなかったですし、活躍を認めていただけたのかなというのがあったので、少しですが自信にも繋がりました」

2年間で15連敗を喫するも周囲の支えでマウンドへ
プロ2年目の00年、序盤に8勝を挙げ前年以上の活躍を見せるも右肘を痛め、7月31日を最後に戦線離脱して以降復帰することはできなかった。
「何とか治してシーズン中に復帰したかったのですが、思うように治らなくて…いろいろな病院に検査へ行って手術をするかしないかということで、手術しない方向で考えていたのですが、結局それもうまくいかず手術をする決断に至りました」

オフに手術し、再起を図るもここからの3年は苦労との闘いになった。リハビリしながらも無理して投げてしまったことも災いし、「手術してから約2年間は全くしっくりこなかった」という。
01年は1勝に終わり、02年は5月5日に3勝目を挙げ順調なスタートを切ったもののそこから魔の12連敗。チームも39年ぶりの最下位でシーズン終えた。
03年も7試合の登板に終わり0勝3敗。自身の連敗が15に伸びるなど出口の見えないトンネルを彷徨い続けた。あの長く、苦しかった時のことは今でも鮮明に記憶に刻まれている。
「気持ちの部分でのもがき苦しんだというのが強かったです。勝てないとど
うしても悩んだり、だいぶ落ち込みもしましたし。心はだいぶ折れかけていましたよ。もうこのまま勝てないんじゃないかと思いましたから」
心が折れてもおかしくない状況の中、川越さんをマウンドへ上げてくれたのは周囲の支えだった。
「応援してくれる方達がたくさんいたので頑張ろうと思えました。あとはチームメートも”勝たせてあげたい!”というのも伝わってきたので、それに応えたい思いでした」