出場機会が減少も、失うことはなかったひたむきさ
正捕手として迎えた15年、不動の地位を確立するべく臨んだシーズンだったが、12年と同様に再び打撃低迷がネックとなってしまう。打率1割台と不振にあえぎ、掴みかけた正捕手の座も前年入団した嶺井博希選手(現ソフトバンク)や髙城さんとともに併用される形となった。
「プロ野球選手って3年同じポジションを守ったらレギュラーなんです。1年張っただけではダメ。14年までは奪いに行く側でしたけれども、14年に結果が出たので”守らなければいけない”という難しさに変わり、気持ち的にも守りに入ってしまったんです。
15年はレギュラーという目で見られるからこそ、『なるべくミスをしないように』とかより安全な方を選び始めてしまい、結局それも全てうまくいかなかったんです」
8月以降は嶺井・髙城の両名が主にスタメンマスクを被り、黒羽根さんの出番が減っていった。ファーム暮らしとなり、「なんかこの(ファームへの)落ち方が嫌な予感がしたんです」と語り、シーズンを終えることになった。

16年は、戸柱恭孝選手が加入し正捕手争いはさらに激化した。開幕一軍メンバーには入ったが、出場機会がなくファームへ落ちてしまう。自身が語った”嫌な予感”が的中し、一軍から声がかからなくなってしまった。
チームは球団初のCSへ進出し歓喜に沸く中、黒羽根さんは一軍に1試合も出ることができず、その輪に入ることはなかった。
ただ、決してここで腐ることもなかった。17年もファームでスタートしたが、打率.270台を打ち盗塁阻止率も3割台後半を記録するなどまだまだ健在ぶりをアピール。
それでも一軍からの声が聞こえないという葛藤の日々でもあった。「これは何か変えなきゃ駄目だなと思った」という黒羽根は思い切って考え方を転換した。
「他に11球団あるから、他球団も見てくれているかもしれない」と、毎日全力でプレーすることは続けながらも、モチベーションを絶やさないためにも思考を変えた。
野球と真摯に向き合う黒羽根さんを野球の神様は見放すことはなかった。
(つづく)
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