高津臣吾さんがトークイベントに登場 !-恩師への感謝と教え子への想いを語る- 

1月上旬、都内で開催されたトークイベント「プロ野球温故知新」に2025年シーズンまでスワローズの監督を務めた高津臣吾さんが登場。

立ち見スペースまで超満員となったこのイベントで、村上宗隆選手のメジャー移籍や野村克也さんとのエピソードなどを披露した。 

【イベント主催:「株式会社シャイニング」、トークショーMC/文 中嶋絵美(フリーアナウンサー/フリーライター)】 

応援に行く準備は「完全に整っています ! !」-ビッグプレイヤーのメジャー挑戦は“自然な流れ” 

2026年は、実に13年ぶりにユニフォームを着ないシーズンとなる高津さん。

「昨年全試合が終わって、ユニフォームを脱いだオフシーズンの過ごし方をよく理解していませんでした。身体的に違いはないんですが、ユニフォームを着ている時はオフでも次のことや選手のことを考えている。

それがなく、久しぶりにゆっくりリラックスして、頭も休めて過ごしていました。2026年は何をしようかな、と今考えているところです」 

イベントは、スワローズの主砲・村上宗隆選手のメジャー移籍球団が発表された後の開催。移籍決定については、「まずは契約がまとまったことがすごく嬉しくて。さらに僕も在籍したシカゴ・ホワイトソックスということで、その後にもう1つ喜びが込み上げてきました」 

チームとしては代わりのきかないビッグプレイヤーのメジャー挑戦となるが、

「何度もタイトルを獲って、三冠王まで獲った選手が、“メジャーに挑戦したい”と思うのは自然の流れ。日本から中継もたくさん見られるようになり、FAだけでなくポスティングでも移籍できるようになって、彼らの“メジャーに行きたい”という気持ちを止めることはできないと思います。

日本国内としては少し寂しい気持ちもあるかもしれませんが、ここまで頑張ってきた彼らを気持ちよく送り出してあげたいですよね」と語った。 

シカゴという土地について問うと「僕がいたのは20年前なので今とは違う部分もあるかもしれないけど…まず街がとんでもなく寒いです!僕が契約したのが1月23日だったんですが、その時の最高気温がマイナス23度でした。

開幕も雪の中でニット帽を被って、上着を何枚も着てブルペンに控えていたりとか。そんな中、タンクトップに短パンで応援しているファンもいましたね(笑) 

シカゴは、カブスとホワイトソックスのライバル関係もありながら、非常に野球熱の高い街だと思います」と語った。 

高津さん自身が現役時代にメジャーを意識したのは「2002年くらいから。いい歳だし、最後にもう1つ上のランクでやってみたいと思いました」 

メジャーと日本の野球の違いは「“ルール以外は全部違った”という印象です。パワーはもちろん、考え方も、野球においての1日の過ごし方も違う。慣れるには少し時間がかかるかもしれません」と話す。 

2026年も村上選手を含む複数の日本人選手が海を渡ることになったが、「ここ数年打撃タイトルを分け合ってきたような存在の岡本和真選手と宗が同じタイミングでアメリカに行くのも面白いな、と。ジャイアンツの4番とスワローズの4番…彼らの活躍が楽しみです。 

応援に行く準備?完全に整っています!!もう日程も決めました(笑)彼(村上選手)も寂しがり屋だから、僕くらいフリーな人が行ってあげないと!(笑)」と笑顔いっぱいで話した。 

奥が深かった“野村野球”-野球人生で野村監督に出会えた僕はラッキー 

高津さんがスワローズに入団した当時、1軍監督を務めていたのは名将・野村克也さん。“野村野球”については「難しかった」と振り返る。 

「すごく奥が深かったですね。中学・高校・大学でやってきたことを全て一掃されるような物事の考え方で、本当にプロの厳しさ、野球の難しさを叩き込まれた、という印象が強いです。 

野村監督に出会っていない選手ってたくさんいるじゃないですか。古田(敦也)さんに投げていない投手もたくさんいるじゃないですか。

この2人に出会えたことが、僕は本当にラッキーだと思っていて。古田さんとも難しいことをたくさんクリアにしてここまで成長させてもらったので、本当に感謝しています」 

高津さん自身は現役時代から“いつかは指導者に”という想いがあったのかを問うと「あまり指導者に向いているとは思っていなかった」と明かした。

その理由について「現役時代、感覚でやってきたタイプなので、それを言葉にして伝えるのってすごく難しい。

なので、技術の指導をするのがあまり得意ではないと思っていました。監督としての僕は、お尻を叩く !背中を押す!というモチベーターです」 

1軍監督就任が決まった際には野村さんの自宅まで報告に行ったという。「『はぁ?お前かぁ?』っていう反応でした。でも、野村さんは言葉や表情には出さないけど、絶対に喜んでくれていたと思います。 

監督時代は何度も“野村ノート”を開きました。何かある度に、ヒントになることはないかな、

と。今でこそ“野村野球”とは言わないですけど、90年代に野村監督が築いたものこそ、スワローズの礎だと思っています」 

2026年から池山隆寛監督率いる新体制となるスワローズ。今後に期待を寄せる選手には内山壮真選手を挙げた。「彼はトッププレイヤーになれる素質があると思います。かしこくて、すごいセンスを持っている。

特別足が速いわけではないけれど、走塁ひとつをとってもうまいし、よく考えたプレー、バッティングができる選手です。非常に良い成長の曲線を描いているので期待したいですね」 

背番号『22』への想い-またユニフォームを着たいという想いは「あります」 

詰めかけたファンからのQ&Aタイムでは「1軍監督になった時、背番号22をつけたのははどんな想いから?」と質問が。「スワローズに帰ってきた時に“もう一度22番をつけたいな”という想いは持っていました。

1軍監督になる時に球団社長に話をして、当時は蔵本(治孝さん)がつけていたが、変更を了承してくれて。

1軍監督をやるにあたっては少しわがままを言わせてもらいました。2026年は誰もつけないみたいですが、またいつか、誰かが背負ってくれればいいなと思います」と再度スワローズの22番をつけるに至った理由を明かした。 

最後に、またユニフォーム着たいという想いがあるかを問うと「あります。勝負する、ハラハラドキドキする緊張感はあの現場に立たないと味わえないもので、それが大好きなんです。また少し勉強をして、そんな機会があればいいなと思っています」と答え、ファンからも力強い拍手が送られた。 

度々大きくあたたかい笑いに包まれたトークイベントが終了すると、2ショット写真撮影&サイン会に移行。 

高津さんが老若男女問わず愛される理由が分かる、優しさいっぱいのイベントとなった。 

(おわり) 

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