イップスの話を続けよう。
アメリカでもイップスは話題になっており、例えば2020年にコロラド・ロッキーズのダニエル・バード投手がナ・リーグのカムバック賞を獲得したとき、彼がイップスで一度引退していることが話題になった。
とんねるず石橋貴明の出演でも話題になった映画「メジャーリーグ2」にも、イップスの話題が出てくる。
新人捕手のルーブ・ベイカー(エリック・ブルスコッター)は強肩で、各塁にはものすごいボールを投げるのだが、投手への返球が暴投になってしまう。実際、イップスに陥った捕手には多い症状といっていい。
映画では練習で、それてしまったボールがマウンド後方から二塁ベース付近までたくさん転がっているシーンがある。公開された1994年当時は笑って見ていたものだが、イップスを取材し、学んだ今となってはとても笑えない。
ベテラン捕手で、その後監督にもなるジェイク・テイラー(トム・べレンジャー)とベイカーが、こんな会話をする。
テイラー 「ピッチャーに返す時、何を考える?」
ベイカー 「ヘマしませんように」
テイラー 「ランナーがいて二塁に投げる時は?」
ベイカー 「何も考えずに投げます」
イップスの本質に迫るやり取りである。
そして、テイラーは気をそらすためにアドバイスを送る。ベイカーは雑誌「プレイボーイ」の愛読者で、掲載されている美女たちの趣味を暗記しているところに目をつけ、返球時にそれを暗唱させた。
「エリーズの趣味はエアロビクス、テレビのメロドラマの再放送。スポーツはエアホッケー…」と言いながら投げると、ボールは見事にピッチャーのグローブに収まる。ベイカーはうまく返球できて大喜びだ。
なお、彼はポストシーズンゲームでイップスが再発してしまう。試合中に悪送球をしてしまい、テイラー監督の部屋を訪れ「自信がなくなった。プレイボーイの効力が消えた」と悩みを打ち明ける。イップスは再発するという点でもリアリティがある。
今度はランジェリーのカタログを暗記させて、返球時につぶやかせる。
「ストラップのレースブラジャー。大きく開いた胸を盛り上げます…」
そう言いながら見事な返球をすると、「イエー!」と大喜びし、バッターに向かって「パンティーとペアでどうぞ」と付け加える。
完全にコメディーなのだが、気をそらして対処するなど、ある程度イップスに関する知識を持って台本を作ったと思われる。公開当時は爆笑していたシーンが、まったく違う意味を持っていると感じた。
さらに続編の「メジャーリーグ3」(Major LEAGUE BACK TO THE MINERS)では、テイラーがイップスに陥った原因に言及するシーンが出てくる。
チームメートのドクこと、チャールトン・ウィンドゲイト(ピーター・マッケンジー)が、ガス・カントレル監督(スコット・バクラ)に言う。
ドク 「彼の送球難は少年時代の厳格なコーチに原因がある」
ガス監督 「アホなコーチのせいでクソ球を投げる?」
こういう会話が映画に描かれているわけだから、少なからずアメリカの野球界にもこうした問題があるのだろう。
日本の野球界でも、イップスを招く指導は大きな問題といえる。まだ野球を始めたばかりの小、中学生では特に指導者の影響は大きいだろう。
ちなみに先のシーン、ドクは監督にイップスの原因を説明した上で「だから彼にはやさしく話しかけてあげてください」と依頼するのだが、ガス監督は「ちゃんと投げないとクビだぞ」とハッパをかけて克服させる。
この場面だけは承服しかねる。このようなショック療法はかえって悪化する可能性が高いだろう。
人の感じ方、受け止め方は千差万別である。指導者の経験だけに基づく…たとえば「オレは厳しい指導を受けて強くなれた」などというバイアスがかかった指導は、非常に危険である。
イップスと指導については、今後も記事に書き続けていきたい。
◆飯島智則(いいじま・とものり)1969年(昭44)8月6日、横浜市出身。93年日刊スポーツに入社し、東北地区のスポーツ全般を取材した後、東京本社野球部で98年ベイスターズの優勝、長嶋茂雄監督時代の巨人を担当し00年ONシリーズなどを取材。03年からは渡米してヤンキース松井秀喜選手に密着。05年からはNPB担当で球界問題を担当した。野球デスク、広告事業部、特別編集委員などを歴任し、24年限りで退社。現在は大学教員とスポーツライターの二刀流で活動している。
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