今年の夏はどこへも出かけなかった。
32年間勤めた新聞社を辞め、大学教員とスポーツライターに転じた。
どちらも手探り状態とあり、授業の準備や記事作成など、何かをしていないと不安が募る。
自宅と大学、そして時に行きつけの焼き鳥店という3カ所を回って過ごしている。
気分転換といえば、エアコンで涼しい部屋のソファに座って、サブスクの映画を観るぐらいである。
1日1本までと決めて、映画を観る。
私は野球の映画が好きである。
プロ野球や高校野球など実際の試合も好きだが、映画の世界で感じる野球も格別である。
今回から2回に分けて、厳選した「おススメの野球映画」を紹介したい。
「COBB」
(監督=ロン・シェルトン、出演=トミー・リー・ジョーンズ)
1905年からタイガースで活躍したタイ・カッブの半生を、スポーツライターの視点から描いたストーリーだ。この映画が好きなのは視点である。
晩年のカッブが自伝を残すためにライターを呼び、自分の思うままに描かせようとするが、ライターはカッブの負の部分を含めてすべてを描く。そこに至るやり取りは今でも実際にありそうで、ライターの仕事を考えさせられる。
ア・リーグで9年連続を含む12回の首位打者を獲得するなど、通算4191安打を放った好打者だが、ラフプレーでも有名で、スパイクの歯を磨いてとがらせ、スライディングで相手を傷付けたという。
差別主義者で、観客相手に喧嘩をすることもあり、脅迫を受けて球場へ入るときに警察が付いていたこともあるという。映画でもどこまで実話なのかと、驚くエピソードが数々入っている。
「エイトメンアウト」
(監督=ジョン・セイルズ、出演=ジョン・キューザック、チャーリー・シーン)
1919年のブラックソックス・スキャンダルを描いた作品。
シカゴ・ホワイトソックスとシンシナティ・レッズとのワールドシリーズで、ホワイトソックスの8選手が八百長行為を働いて永久追放になっている。監督のジョン・セイルズが、シカゴの野球記者で、作家としても活躍したリング・ラードナーを演じている。
パンチョこと伊東一雄氏、馬立勝氏の著書『野球は言葉のスポーツ』(中公文庫)には、ラードナーのこんな言葉が載っている。
「この世で一番みじめなのは、年をとった野球記者だ」
「若い野球記者やすべての野球ファンによってワールドシリーズは大変なスリルに違いない。だが、私のような年をとった野球記者には、顔なじみの連中と昔の野球の思い出話をするいい機会にすぎない」
プロ野球の担当記者だった若手の頃に読んで「そんなものかな…」と思ったものだが、56歳になった今は分かる気もする。前述の「COBB」といい、映画を観ていても、どうしても野球記者に注目してしまう。
ちなみに、この映画はビデオテープで持っている。ラードナーのエピソードを紹介する『野球は言葉のスポーツ』の著者の1人、馬立さんにいただいたものである。かつて馬立さんは日本野球機構(NPB)の法規部長を務めていた。取材の合間に映画の話をしていて、私が「エイトメンアウトが好きだ」と言ったら、翌日にもってきてくれた。時代が流れて我が家にビデオデッキはなくなったが、このテープは大切に保管している。
なお、お気付きの方もいるだろうが、このコラムのタイトル「言葉のスポーツ」は、同書から拝借している。
「がんばれ!ルーキー」
(監督=ダニエル・スターン、出演=トーマス・イアン・ニコラス)
上記2作はシリアスな作品だが、これはお子さんでも楽しめる。
主人公のヘンリー君はあまり運動が得意ではない少年だが、転倒して肩を骨折したことを機に、ものすごい速球を投げられるようになり、シカゴ・カブスに入団して活躍するというストーリーである。
この映画が素晴らしいのは何といってもカブスの本拠地、リグレー・フィールドの雰囲気を存分に味わえるところにある。奇想天外なストーリーだが、本物のカブスのユニホームに、リグレー・フィールドが出てくるので、実話のように感じるから不思議だ。
なお、この映画は1993年の作品で、低迷期と描かれているカブスの実際の監督は、日本のロッテでもプレーしたジム・ラフィーバーで、この年もナ・リーグ東地区の4位に終わっている。2016年になって、ようやく108年ぶりのワールドチャンピオンに輝く。
私が初めてリグレー・フィールドを訪れたのは、松井秀喜選手が大リーグに移籍した2003年6月6日(米国時間)である。その直前の同3日にカブスの主力打者サミー・ソーサ選手が、コルク入りのバットを使ったことが発覚しており、球場内は大騒ぎだった。
蔦のからまる伝統の舞台は、今も忘れられない。
「Mr.3000」
(監督=チャールズ・ストーン三世、出演=バーニー・マック)
これもお子さんと笑いながら鑑賞できる。
殿堂入りに必要な通算3000安打を放って引退した主人公のスタン・ロス(バーニー・マック)は、「Mr.3000」を売りに新たな人生を謳歌しているが、9年後になって記録のミスから、実は3安打足りなかったことが発覚。「Mr.2997」では恰好がつかないと、残り3本を目指して10年ぶりにストーリーである。
この作品も、ミルウォーキー・ブルワーズのユニフォームが使われており、フィクションと分かっていても引き込まれていく。
「人生の特等席」
(監督=ロバート・ロレンツ、出演=クリント・イーストウッド)
イーストウッドが演じる老スカウトと、溝ができてしまった娘をベースボールがつなぐストーリーである。
娘役のエイミー・アダムスが魅力的で、野球をするシーンがサマになっている。この映画を観て、すっかり彼女のファンになった。
また、老スカウトの「パソコンなんかに若いヤツらの才能は見抜けん」という言葉が印象に残る。もちろん、データも重要で、現代は情報社会であり、日本プロ野球界においても、一昔前のようなドラフト会議における「隠し玉」はいない。ただ、指名選手を選ぶ最後のところでは、スカウトの勘があるような気もする。
イーストウッドの映画では、野球とは関係ないが、「グラントリノ」が気に入っている。汚い言葉を使うことが格好いいという感覚は分からないが、この映画を観ると、生きる上で大切なことを考えさせられる。
次回も映画紹介を続ける。
◆飯島智則(いいじま・とものり)1969年(昭44)8月6日、横浜市出身。93年日刊スポーツに入社し、東北地区のスポーツ全般を取材した後、東京本社野球部で98年ベイスターズの優勝、長嶋茂雄監督時代の巨人を担当し00年ONシリーズなどを取材。03年からは渡米してヤンキース松井秀喜選手に密着。05年からはNPB担当で球界問題を担当した。野球デスク、広告事業部、特別編集委員などを歴任し、24年限りで退社。現在は大学教員とスポーツライターの二刀流で活動している。
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